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広島高等裁判所 昭和23年(上)21号 判決

上告人 被告人 足利實

辯護人 石黒忍 秦野楠雄 今西貞夫

檢察官 梅田鶴吉關與

主文

本件上告を棄却する。

理由

本件上告趣旨は末尾添付の辯護人石黒忍並に同今西貞夫提出の上告趣意書副本に記載してあるところであるから、當裁判所はこれに對し次のように判斷する。

辯護人石黒忍上告趣意書(但し本件は窃盗從犯の刑責を負うに止まると云う點を除く)並に同今西貞夫の上告趣意書第一點に對する判斷。

刑法第六十條にいわゆる共同正犯たるには必ずしも全員犯罪の實行々爲に加擔する必要はない。少くとも全員間に犯罪に對する共同加功の意思の成立がある場合即ち犯意の連絡があると認めうる場合であれば犯罪に關する共同即ち共謀關係があると云ふを妨げない。そしていわゆる共同加功の意思の成立には所論の如く豫め全員直接に謀議した事實とまた各員共同實行の意思を有することも必要ではない。たゞ數人の者相互間に共同犯行の認識があつて互に他の一方の行爲を利用し全員協力して犯罪事實を實現せしめた事實があることはその相互間に意思の連絡即ち共同加功の意思ありと認め共同正犯の成立を認めて妨げない。それ故數人相互間に犯意の連絡があつて其の一部の者が犯罪實行の衝に當つた場合には結局その全員が共同一體となつて犯罪を實行したことに歸着し自ら直接實行の衝に當らない者も其の犯罪全體について共同正犯としてその責を負わなければならぬと解するのが相當である。今本件について見るに原判決事實摘示と其の證據説明と相俟つときは原審は被告人は原審相被告人羽田陸男と共に判示油類を窃取せんとする意思を有し當時巡査であつて判示油類の警備の任にあつた第一審相被告人友安三千二とこれが窃取につき謀議し右羽田をしてさらに原審相被告人瀧本秀男、引野武雄、出本昌己と謀議してその實行々爲に加擔せしめて以て判示油類の窃取を遂げた事實即ち被告人は右羽田等の實行々爲を利用し羽田等は被告人の前示友安等との謀議を利用し全員協力して判示窃盗行爲を實現せしめた事實を擧示證據によつて認定したものであることを看取することが出來。擧示の證據を綜合すれば斯かる認定が出來ないことはない。これによつて見るに被告人は判示窃盗の實行々爲には加擔してゐないけれども判示窃盗についていわゆる共同加功の意思のあつたことは明白であるから共同正犯の罪責を負わねばならんことは冒頭説示に照し論のないところである。其故原判決には所論のような理由不備もしくは審理不盡又は採證の法則を誤つた違法はない。論旨はつまり原審の專權に屬する證據の取捨と其の價値判斷とを非難し延いて其の事實認定を非難するに歸するものであるから理由はない。

辯護人石黒忍上告趣意書中本件は窃盗の從犯の刑責を負ふに止まると云う點並に同今西貞夫上告趣意書第二點に對する判斷。

原審は前段において説明したとおり擧示の證據に依り被告人の行爲は窃盗の共同正犯であると云う事實を適法に確定したものであつて所論の如くこれ等證據によつて窃盗從犯の事實を認めねばならんことはない、原審が被告人を窃盗罪の共同正犯に問擬しこれに刑法第八十條を適用處斷したのはまことに正當であつて原判決には所論のような擬律錯誤の違法はない、論旨は原判示に副わない事實を主張し原審事實認定を攻撃し又は擬律錯誤の違法があると云うに外ならないから採用すべきではない。

よつて本件上告は理由がないと認め刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 小山慶作 判事 横山正忠 判事 和田邦康)

辯護人石黒忍同秦野楠雄上告趣意書

原判決は理由不備もしくは審理不盡の違法がある。

原審は第一、被告人羽田、足利は當時廣島縣安藝郡倉橋島村室尾西駐在所駐在巡査であつた友安三千二と謀つて同人の警備區域内に在る元海軍の油類を窃取しようと企て被告人羽田が被告人瀧本、引野及び出本昌己と語らい

(一)昭和二十一年五月三日頃右被告人羽田、瀧本、引野は出本昌己と協力して同村袋ノ内所在元海軍々需部倉庫に於て同縣經濟部轉用課地方事務官土肥久の保管してゐた重油ドラム罐入五十本を窃取し

(二)同月十五日前掲被告人羽田、瀧本、引野は出本昌己と協力して右倉庫に於て同事務官の保管してゐた白絞油ドラム罐入八本を窃取し

たもので被告人羽田、足利、瀧本、引野の右窃盗の所爲は犯意を繼續して行はれたものである。

と云う事實を認定し右判示犯罪事實の證據として

一、原審公判廷における上告人の「羽田から白絞油を處分した金の頒け前として河原石の弟の所で千八百圓と油の現物を遣つた代りだと云つて別に千圓貰つた」旨の供述

二、證人友安三千二の原審公判廷における「昭和二十一年四月頃自分は呉警察署から訓示を受けて歸る途中呉市海岸通りで足利と出會つた時に自分の警備區域に在る油類が強盗に取られたり又度々盗難に罹りそれが進駐軍に接收されると云ふ噂があるので放つて置くのは惜しいと思つたので足利に對して警備區域に油があることを話した上其の油がどの位の値段であるか訊ねた。其の時自分は出されたら出してもよい様に云つたと思う其の後足利に呉署で訓示があつた時に出會つたが足利が油を盗む人を紹介すると云ふ意味で紹介する人があると云つた。其の後、同年五月三日足利が羽田を連れて駐在所に來て私に羽田を紹介して此の人と協力して油を盗りに來たと云つた」旨の供述

三、第一審公判調書中友安三千二の「五月四日か五日に羽田等が重油ドラム罐入五十本を窃取したことを知つてから一週間か十日位して羽田と足利が私宅に來てこの前は木ノ江で檢擧せられ失敗した。其の時運動費を壹萬圓程費つたからもう一度油を出して呉れ食用油は今頃數が少い關係上値段がよいから白絞油があつたら出して呉れと云つたので私は白絞油は貴重品だから守衛小屋附近に置いてあると思うと述べ其の位置を圖面に書いて渡したところ二人は一應歸つたが其の二日後白絞油の盗難届が出たので羽田等が盗んだものと思つた」旨の供述記載

を引用し上告人を窃盗の共同正犯として懲役八月に處斷した。

果して之だけの證據で上告人が羽田、友安と判示窃盗罪を犯すことを共同謀議した事實を肯認することが出來るであろうか。今その點を檢討するに先だつて一つの注目すべき大審院判例を煩を厭はず摘録したいと思う。それは昭和二十二年四月七日宣告昭和二十一年(れ)第一〇四四號大審院第一刑事部判決であつて同判決は曰く「當院從來の判例に於て強窃盗罪に付ても其の謀議に參與したる者は假令自ら手を下して實行々爲を分擔せざるも尚ほ共同正犯の責に任ずべしとなしてより其の語辭の末に拘泥して漫に共同正犯の範圍を擴張し此の概念を濫用するの弊なしとせず然れども備に當院判例の趣旨とする所を檢すれば昭和十一年五月二十八日の當院刑事聯合部判決(當院刑事判例集第十五卷第七三三頁參照)が既に懇篤解説せるが如く『共同正犯の本質は二人以上の者一心同體の如く互に相倚り相扶けて各自の犯意を共同的に實現し以て特定の犯罪を實行するに在り』從て躬行的犯罪に非ざる盗犯の如きに就ては互に謀議を凝し其の一部の者のみ共同計畫遂行の衝に當るも苟も其の事にして協力戮心の事業たるを失はず爲に自ら手を下して直接實行の衝に當らざりし者も亦協力者の一員として同謀者間の合意乃至諒解に基き共同の成果に對して均しく應分の分與を請求し得べき關係を有するに於ては之亦正犯たるの責を免るべきに非ずと爲すに外ならぬ(中略)飜て之を本件に鑑み記録に照して原審々理の跡を檢覈すれば本件被告人甲は乙に關する限兩名を丙等と共同正犯なりと解するに必要なる事實上の協力關係なりや否や乃至は後者に對する加擔關係殊に幇助行爲ありや否や甚だ疑ふべく更に一段の審理を進めて此の點を査明するに非ざれば斯く共犯となすに由なからんとす。原判決は共同正犯の觀念を正解せざる違法あるものにして破毀を免れず論旨理由あり。」

と。惟ふに近時裁判例の趨勢は時勢の然らしむるところとは云え苟も窃盗本犯に對して何等かの接觸あれば其の關係の大小深淺を問はず又直接なると間接なるとに論なく直ちにこれを窃盗罪の共同正犯に問擬し殆んど窃盗從犯なる觀念を容るるの餘地なからしめんとするの傾向滔々として其の止まる所を知らずと云うも敢て過言に非ざる有様で前掲大審院判例は其の説示が聊か抽象的觀念的に失するかに思はれるけれどもよく其の弊を衝き過誤を矯められたものとして敬服に値するものと信ずる。

右の大審院判例を熟讀玩味しながら原判決が引用した證據を檢討するに

一、上告人の原審における供述は白絞油を處分した金二千八百圓を羽田から貰つたと云ふだけのことで、これによつて上告人が羽田、友安と判例に所謂「互に謀議を凝した」とも又應分の分與を請求し得べき關係にあつたとも速斷することは出來ない。上告人は羽田と金品分與の合意乃至諒解をしたことはなく羽田に對して分與の請求をしたこともない。只羽田から與えられるま、に内心忸眤の念に驅られながらもこれを受取つたと云う關係たるに止まるのであつてこのことが社會正義に反するは勿論であるけれどもこれあるがために窃盗の共同正犯をもつて目さるべきでない。

第二、證人友安三千二の原審における供述

「自分の警備區域の油が盗難に罹り進駐軍に接收されるので放つて置くのは惜しい」と云うことは友安證人の腦裏胸底に潜在する同人の觀念であつて上告人の關知するところではない。友安證人から上告人に表示せられた事實は「警備區域に油がある。」「油の値段はいくらか。」と云う二つの事實だけである。その後上告人が呉署で友安證人に「紹介する人がある。」と云つたのは事實であるが果して上告人が「油を盗む人を紹介すると云う意味で」紹介したものかどうか、之は專ら友安證人の主觀的な判斷に過ぎないのであるから之を以て上告人に「一心同體の如く互に相倚り相扶けて各自の犯意を共同的に實現する」意思があつたと認めることは聊か無理であるかに思はれる。尚「私(友安證人)に-室尾駐在所で-羽田を紹介し」たことは相違ないが「此の人と協力して油を盗りに來た。」と云う點は上告人の極力否認するところである。然し乍ら假りに斯る事實があつたとしても上告人は友安に羽田を紹介した後直ちに定期船で歸呉したのであるから判例の所謂「共同正犯なりと解するに必要なる事實上の協力關係」があつたと云うことはできぬ。

第三、第一審公判調書中の友安三千二の供述記載についても其の趣旨とするところは第二について述べたところと同斷である。

これを要するに原判決擧示の證據によつては「共謀凝議關係」と「一心同體的な相互扶助關係」も「協力戮心的協同關係」も「應分の分與請求可能關係」も一としてついにこれを見ることを得ないのである。

若し其れ原審が上告人が羽田又は友安と接觸した上掲個々の行爲を綜合して其れ故に事前において共同謀議をしたに違いないと推斷されたのであるならば其れは一つの直感であつて合理性をもつた判斷ではない。のみならず起訴された爾餘の窃盗の事實を不問に付された理由が奈邊に存するか甚だ不可解と云はざるを得ない。

以上述ぶるところにより上告人が窃盗共同正犯に非ざる所以を明かにし得たと信ずるのであつて若し被告人に刑事責任ありとしても其れは如何なる目的に出でたものであるか原判決の證據説明では明かでないが如何なる目的に出でたにせよ油の所在地域を警備する警察官に窃盗犯人を紹介する如きは少くとも犯罪の實行を容易ならしめたものとして窃盗從犯の刑責を負うに止まるものであることを、かたく信ずるものである。

されば、原判決は共同正犯の觀念を誤解し、窃盗正犯としての證據理由を備えず又は事實理由と證據理由との間に齟齬があつて到底破毀を免れぬものと信ずる。

辯護人今西貞夫上告趣意書

第一點原判決は採證に不法があり且理由に不備がある

原判決は被告人の犯罪事實として「被告人羽田、足利は當時安藝郡倉橋島村室尾西駐在巡査であつた友安三千二と謀つて同人の警備區域内に在る元海軍の油類を窃取しようと企て被告人羽田が被告人瀧本、引野及び出本を語らい昭和二十一年五月三日重油入ドラム罐五十本同月十五日白絞油八本を窃取した」旨判示し其の認定の證據として(一)被告人足利の當公廷に於ける羽田から白絞油を處分した金の頒け前として河原石の弟の處で千八百圓と油の現物を遣つた代りだと云つて別に千圓貰つた旨の供述(二)證人友安三千二の當公廷に於ける昭和二十一年四月頃自分は呉警察署から訓示を受けて歸る途中呉市海岸通りで足利と出會つた時に自分の警備區域に在る油類が強盗に取られたり又度々盗難に罹り其れが進駐軍に接收されるといふ噂があるので放つて置くのは惜しいと思つたので足利に對し警備區域に油があることを話した上、其の油がどの位の値段であるかを訊ねた、其の時自分は出されたら出してもよい様に云つたと思う、其後足利に呉署で訓示があつた時に出會つたが足利が油を盗む人を紹介するといふ意味で紹介する人があると云つた其後同年五月三日足利が羽田を連れて駐在所に來て私に羽田を紹介して此の人と協力して油を盗りに來たと云つた。其の供述(三)羽田の當公廷の供述を綜合して證據十分であると説示されて居る

一、然し原判決引用の證據なり一件記録を通しても被告人足利が窃取の實行々爲には全然關與して居らない事は極めて明らかであるにも拘らず原判決は友安、羽田、瀧本、引野等と共同して窃取したと認めて居て證據との間に齟齬がある。判例は強窃盗の實行々爲を一切擔當しない場合でも尚且共同正犯と認められる場合があることを示して居るが夫れは刑法第六十條の解釋から見て異例であつて是れに當るのは共同實行の意思を前提として共謀の他の者が共謀者全部の意思を實行した場合に限ること勿論であるから茲に通謀の内容即ち實行々爲に加擔しない者の意思の範圍が證據に依りて明確されなければならないと同時に判決にも如何なる謀議をなし何人が實行したかを判示せねば理由不備は免れない。

二、處が原判決擧示の證據に依ると被告人が友安三千二との話合の内容は昭和二十一年四月頃の第一回の面談では友安の警備區域内に油類があることを聞き其の値段を問われ又友安が其の油を出されたら出してもよいと云う事を聞いた丈けであつて油の窃盗に就いては何等觸れていない。

次に其後の第二回目の同人との面談に於ても其の内容は被告人が友安に羽田を紹介する約束をしたということに盡きるものである、原判決は被告人が友安に羽田を紹介する約束をしたという事を油の窃盗の打合せをしたものと推測して「足利が油を盗む人を紹介すると云う意味で紹介する人があると云つた」と判示してことさら被告人が盗む人と云う意味を表示した様な表現がなされているが記録中右に照應する證人友安三千二の原審公廷に於ける供述によれば其は唯友安の一方的な推測に過ぎないことは明かであつて友安も「被告人自身がどういう意味で羽田を紹介すると云つたかは判らない」と述べている。又被告人が後日になつて羽田から千八百圓と千圓を貰つたと云う供述は何等かの形で犯罪に加功したものと見る状況證據にはなり得ても共同正犯としての罪責を負ふ可き謀議に關與した事實を認める丈けの證據力は有り得ない殊に一般取引に於て買主から頼まれて態々遠路賣主の方へ同道して紹介した場合に當該契約が成立し實行された場合には其の金額や利益に應じて幾等かの謝禮を受授するのは慣習として何等の不思議はないのである、更に相被告羽田の供述に依つても被告足利は紹介した丈けで自ら油を取りに行く事は最初から考へて居なかつたことも明かであつて共同實行の意思が毫も表はれて居ない。

以上原判決引用の證據を綜合しても被告人が油類を羽田や友安と共同して窃取しようとする意思があつたとは修理上到底認めることは出來ない。

三、證據上被告の行動として認められる點は昔の同僚で友人である友安と二度偶然出會つたことゝ羽田を友安方に同行して紹介した丈けであつて羽田が相被告人瀧本、引野、出本等と共同實行する事も犯行の日時も目的物も数量も又利益も何程あつたか等は一切知らない苟も實行を擔任せぬ共同正犯であると云うならば被告人が一味の首領なり指揮者であり情況も聞き分け前も十分に取つて居る様な特別の事情があれば格別として對等の地位にある友安と羽田とを紹介したに止まり瀧本、引野、出本等を全然知らず分け前と稱する金も所謂宛てがいに過ぎないのである、且當時は終戰後の混亂時代で油の所有權が何處にあるか進駐軍に取られて仕舞ふか強窃盗に取られるかの危險があると友安は云ひ又友安から價格を訊ねられたので同人が何等かの方法で取得し轉賣するものとも考へたと云ふ被告の供述も一概に排斥出來ない状態にあつた時期であり被告人としても冷靜に考へれば友安が不法領得を圖る事を氣付く可きであるが元警察官であつたと云つても柔道五段練士の無骨者で世情に疎く友安が窃盗するのであると云ふ事は適格に認識して居らない、原判決引用證據である友安證人の供述中に「私に羽田を紹介して此の人と協力して油を盗りに來たと云つた」の記載があるが「取る」と「盗る」の相違や「協力」の二字に拘泥する事は枝葉を捉へて根幹を斷ずるの危險な結果となり大局的見地から事件の筋を見る裁判常識の原則にも背いて居る。

要するに原判決は犯罪事實の摘示と證據説明に齟齬があつて理由不備に歸すると同時に證據の判斷を誤り虚無の證據で事實を認定した違法があるから破毀を免れないと確信する〈以下省略〉

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